ちっちきちっち

BBAの壁を超えた記念碑

TMRのセットリストについて考察したい

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www.m-on.jp

SSAでの公演のオンエアを見たので

正直に申しまして、私は2006年ごろ、10周年ごろを境にT.M.Rからは離れた人間です

今でも時たま、これは何か起こるのでは?とピンと来た公演には足を運んでいます

今年5月13日のさいたまスーパーアリーナでの公演でTMRのセットリストについて思うところがあったため書き留めたいと思います

 

セットリストにおいて重要視されるWHITE BREATHの存在

この曲に関しては確信を抱いている部分があります
TMRのライブで必ず演奏され続けているWHITE BREATH
理由はひとつであり、一番のヒット曲で代表曲だからということでしょう

今までのすべてのセトリを検証したわけではありませんが、このWHITE BREATHに関しては私が見たほとんどのライブにて、後半に演奏されてきました

おそらくという範疇を超えられませんが、確実にシングルの代表曲として必ずセトリに組み込んでいると考えられます

 

また、古い話ですが1990年代後半にまだネタ扱いをされて苦悩した西川貴教が当時のプロデューサーであり共同制作者である浅倉大介にツアーで回っている地方から
「もうシングル曲をライブで歌いたくない」
という電話をかけてきたことがあり、浅倉大介
「それは違う」と、シングル曲のライブでのポジションを諭したというエピソードがあります

・意図としては有名なシングル曲を聴きなんとなく気になった人がライブを見に来ている
・その曲から好きになった、など思い入れのあるファンがいる
・構成、映像素材などとして代表曲が歌われることはセオリーである
そんなところでしょうか

シングル曲はライブにおいてとても重要です

自由にセトリを決めているようなアーティストはそういないでしょう
WHITE BREATHとはTMRのライブの中枢を握っている曲でもあるのです

 

最新シングル曲とは

代表曲に続いて、重要視されているのは近年に発売された新曲でしょう
最新シングルをやるのは当然というのは、なんとなく分かる話です

上記したとおり、新規層のファンはこれを聴きに来ていると言って過言ではありません
むしろ最新シングルをやらないライブ構成=自身の活動を否定しているようなものです

 

全体を決める、曲のセトリのなりたちとは

TMRのように曲数も多く、バリエーションが豊富なアーティストはライブにて必ずコーナーというものを設けています

流れを作るためにも必須ですが、TMRではそれがわかりやすく見えるように思います

1.オープニング
ライブ全体のテーマと言ってもいいものでしょうか
アルバムツアーならばキーとなるような曲と演出がなされています

2〜4.各曲の色を出したコーナー
これが大きなキーとなります
バラードのコーナーやダンサブルなコーナー、意外性のある演出など

5.ラストに向けての盛り上がりの曲
テンポが早く盛り上がる曲が大前提です

6.アンコール
最新曲、アンセム的な曲など

大体はこのような感じでしょうか


当たり前と思われるかもしれませんが、そう思う限りこれがベストであり自然な構成と思われます

コアなファンならば、この1.オープニング、5.ラスト、6.アンコールはやはり想像がつくものであり、マニアックな嗜好に走りがちな2〜4.を好むかと思われます
その選曲を見つつ、このツアーにもっと行きたいなどという感情が生まれたりするものではないでしょうか
もちろん、それは構成全体にも言えることです

 

TMRがファンクラブ向けライブにて覆したセトリとは

ここからは完全な考察であり、賛否が問われようと、一個人の見解としてみていただければと思います

2008〜9年ごろのファンクラブ会員向けのライブ、イヤカンにてとある試みがなされました

内容は
デビューした直後のファーストツアーのセットリストをそのままやる

なぜこのような内容になったのか、それは語られた覚えがありません
(見てないだけかも)
ファーストツアーのセットリストをそのままやっただけ、楽しかった
正直当時のファンを見てそれだけの受け取ったように思えました(勝手な印象ですが)

ですが、そんなものではなかったと思います
このセトリには企画意図が含まれていたと考えています
そしてこの企画は2008〜2009年のライブすべてに通じていたかと思われます

イヤカンは年末です(YEAR COUNT DOWNですので)

 

翌年行われたライブのセットリストにおける選曲の約半分はデビューから2年目ごろ
つまりセカンドツアーや武道館を行っていたころのセトリを再現とまではいきませんが抽出しているように思いました
特に上記した2〜4のコーナーにあたる部分での選曲です

 

そして発表された2009年イヤカン(Zeppでの公演)
順番的に考えて3rdアルバムをリリースした1998年ごろでしょうか
イヤカン2009でのセトリも1998年当時と同じような印象を受けました


確信に至ったリアカン(2009〜2010のカウントダウンライブ)
こちらは4thアルバム、つまり東京ドーム公演を意識するようなセトリでした

 

どういった意図があったのか、それはわかりません
ですが偶然に選曲した、という部類ではないという印象を受けました
私だけかもしれませんが

 

この2009年ごろというのは大きく発表されてはいなかったものの、
活動を見ると転換期にあたり、
各曲をファンに振り返るように意図されたものだったのかもしれません
また、原曲の聞納めとして組まれたセットリストだった可能性もあります
イナズマロックフェスに「これからのTMRを作る制作側の人間といて今のTMRを見ておいてほしい」という理由で浅倉大介が参加したのは明けた2010年です
何かしらの区切りがあったように思います


個人的な見解でしかありませんが、この一年、
TMRはセットリストを時期に分けて再現をしているのではないかという印象を持ちました

 

 

さいたまスーパーアリーナでの公演のセットリストを考察する

2017/05/13,14

01.Preserved Roses
02.革命デュアリズム
03.夢幻の弧光
04.Zips
05.魔弾~Der Freischutz~
06.LOVE SAVER

-inst-
07.陽炎-KAGEROH-
08.月虹-GEKKOH-
09.雪幻-winter dust-
-inst-

10.WHITE BREATH
11.蒼い霹靂 ~JOG edit~
12.WILD RUSH
13.HIGH PRESSURE
14.HOT LIMIT

15.とっておきのおはなし~新説恋愛進化論
16.Albireo -アルビレオ-
17.UTAGE
18.crosswise
19.SWORD SUMMIT
20.DOUBLE-DEAL
21.HEART OF SWORD~夜明け前~

アンコール
22.RAIMEI
23.VITAL BURNER
24.CHASE/THE THRILL

アンコール
25.LIGHT MY FIRE


このセトリを上記した年代に分けると、逆順になっているのではないかという印象を受けます
個人的にはまさに20thのためのセトリだったのだな、という感覚です

 

①オープニング(サプライズ)
01.Preserved Roses
02.革命デュアリズム

②コーナー1(2003年ごろ、デジロック?思考)
03.夢幻の弧光
04.Zips
05.魔弾~Der Freischutz~
06.LOVE SAVER

バラード(TMR-e 1999年、クラシカル指向)
-inst-
07.陽炎-KAGEROH-
08.月虹-GEKKOH-
09.雪幻-winter dust-
-inst-


④ダンス(1990年代 ダンスミュージック指向)
10.WHITE BREATH
11.蒼い霹靂 ~JOG edit~
12.WILD RUSH
13.HIGH PRESSURE
14.HOT LIMIT

15.とっておきのおはなし~新説恋愛進化論

 

⑤ラストに向けて勢いつける(2000年代後半 強いて言うならBASARA指向)
16.Albireo -アルビレオ-
17.UTAGE
18.crosswise
19.SWORD SUMMIT
20.DOUBLE-DEAL

⑥アンセム的な曲、最新曲など
MC
21.HEART OF SWORD~夜明け前~

アンコール
22.RAIMEI
23.VITAL BURNER
24.CHASE/THE THRILL

アンコール
25.LIGHT MY FIRE

 

このような分類でしょうか
各コーナーでは当時のTMRの印象をそのままに組まれているのではないかと思われます

また、面白いのは時系列です
2〜4は逆順となっています

意図してのことなのか、流れでこうなったのか、定かではありません
ですがTMR-eが当時のままだとスポットが当たる中、そのほかのコーナーの曲
そしてアレンジを考えても、各ブロックにて当時を再現していたのではないかと思います

②にあたる2003年ごろにおいては演出とアレンジも再現していたように思えます

また、WHITE BREATHの使いどころも面白いものになっています

再現にこだわっているかのような印象を持たれるのも少々違うと思うので、付け加えますと、

あくまで現在のTMRで再現したら、こうなった

というものが前提にあるようにも思います

大きな要因としてやはり西川貴教とバンドメンバーの方向性が当時と全く違う
それでいて、当時をしっかりとリスペクトしているという感覚でしょうか

 

 

個人的な愚痴

何度も言うようですが、私は2009年ごろにもう自分の愛したTMRは別物になったのだと感じ、離れた人間です
上記したとおり、2009年ごろに行われた当時の再現(かもしれない)ライブを見て、もう原曲をやらないのであれば、あのコード感をすべて潰したようなアレンジを心地よく思わない限り、あきらめようと考えた人間です
それが悪いのではなく、カッコよく言うと「音楽性の違い」です

ここまで再現、というか昔からのファンや楽曲をリスペクトしているようなセトリを組みつつも、14日のラストのMCにてされた発言はどうしても引っかかるものがあります

西川貴教本人にとっての過去の楽曲を望むファンは懐古厨であり、活動の妨げでしかないのか、正直わかりません
ダンスコーナーとして上げたTMR初期の楽曲も本人としては2000年ごろに発言していたように古臭い音楽として、現在のアレンジにしているのか(TMR-eの次点で原曲が求められてるとこだとおもうんだけどな…)
そういったマイナスの印象をどうしても大声で言いたくなってこんな形で残しているのが事実です

ただ、以前に過去の記事↓でダラダラ書いたように、 

chikichikichi.hatenablog.com

西川貴教の歌声というものはやはりどうやっても代えられない恐ろしい化け物なのだと感じたのがすべてです

SSAの公演において不満点など言うつもりもありません

本音がききたい、その一心でセトリの考察をしたところです

また、なにかピンとくる公演があったら、季節を廻しに行きたいと思います

アンティノスレコードってなんか最高だったなぁと思い出す

アンティノスレコードとは

2004年(確か)に空中分解したソニーミュージック系列のレコード会社です

そんなに業界に詳しいわけでもないのですが、アンティノスレコードというレコード会社が好きでたまらないので、雑記ということで

 

まずロゴが本当に素敵

知っている限りこの2種類のロゴでした

旧ロゴ(1994〜1998年ごろまで/マネジメントはずっとこれでRECORDSがmanagementになってる)
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新ロゴ(1998年ごろ〜)
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PDFなどがほぼ出回っていなかった時代だったのでもうロゴデータさえ入手することもできないのが悔しいところ
特に新ロゴはオレンジを基調としたカンパニーカラーをしていました


オレンジのが全然見当たらなかったからパスを起こしたのがこちら

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書体がピクセルでガッタガタな上斜体5%かかっててもうやだ!とめんどくさくなったのでインパクトで代用、OとSが相当違うし四角さが足りないけどがイラレでロゴおこすののなんて半年ぶりだから許して!

まあとにかくカッコイイしカワイイしで最高のロゴなんすよ

 

で、このアンティノスという造語、なんだよっていう
まずこれ、動くロゴだと自社の社名を自らの拳でブチ破っているわけです

なんという会社なんだと思いませんか?思いますね

ロゴの由来までは定かではないのですが、このアンティノス[ANTINOS]という会社
まず親会社にSONY MUSICがあります

そのSONYの頭にAntiをつけ、SONYを逆から読んだものを後ろにつけて、IYがかち合うためYをカット
つまり ANTI YNOS の略称

アンチソニーソニーの子会社なのに!

それでブチ破っているんじゃあないかと(存じませんが)
攻撃的スタンスなのがお分かりいただけたでしょうか?いただけましたね!

詳しく調べてもいないのでクソ考察になりますが、
アンチソニーといいつつもSONYの部分は逆順で書かれているわけで、これはソニーANTIしているわけではないのでは?むしろやっぱり大好きソニー
とも取れると思いますね、どちでもいいですけど
それにしてもいい社名だこと、本当に好き

 

攻撃的なアンティノスレコードの所属ミュージシャンと社員たち

調べれば調べるほど(といってもそんな調べてはいないけど)アンティノスの設立は奥が深いです
社名が語るアンチソニーを掲げたその代表取締役ソニーミュージックの当時副社長であった丸山茂雄
調べると小室哲哉のためのレコ社だったはずみたいな話も出てきます(wikiにのってた)
とってもかいつまんで言うとソニー小室哲哉プロデュース部門のために作られたレーベルだった様子
アンティノスの経営方針がまた面白いもので、販売流通しか受け持っていない
つまり完パケをもってきてね!売るから!という
実際そんな簡単じゃないでしょうけど、エンターテイメント業界としては面白い立ち位置じゃないですか、そんなの

これも勝手な考察ですが、当時個人のレコーディングスタジオだったりとか大量にもってて、なんでもできちゃうお金持ちアーティストである小室哲哉に向けた体制だったのかな、なんて思います(知らんけどね)

だが、小室哲哉はご存知の通りエイベックスに行ってしまい、レーベルはおきざり

そこでこのレーベルを利用しまくったのが小室哲哉の弟子、浅倉大介

アンティノス経営の主軸となっていたのは浅倉大介プロデュースであったT.M.Revolutionだったそうで

このTMRが雨風にさらされ続けたデビューから8年ほどを考えればどれだけ自由度が高いレーベルだったのかわかるはず(多分)

他のアーティスト、ミュージシャンももちろんいます

適当ですけどこんな方々

 

濃くて最高

 

まあ、面白いミュージシャン、アーティストを抱えまくったレーベルだったわけです
そしてさらに注目したいのがとっても密接に関係深かった坂西伊作氏の存在

だいたいTMRが暴風雨にさらされまくったのはこの人あってこそ

そんな経緯もあってなのか、映像には力を入れまくっていたアンティノス
ネットが普及しだした1998年ごろ(だったはず)
まだ個人のPCは画像表示するのも必死という環境を脱したくらいじゃないでしょうか

アンティノスレコードは世界初のストリーミング形式の音楽番組を配信開始

MVを流しまくったり、レコ社社員のMCのねーちゃんとにーちゃんが適当な暴露をしたり、時代先取りすぎィ!って事をしてました

HPも当時のネットらしくBBSを設け、特定の人物に荒らされまくっているというカオスっぷりを見せたりとなんともエンターテイメント爆発なアンティノスレコード

TMR西川貴教ラジオで暴露されまくっていた社員のキャラも相当でした
(新人ミュージシャンの歓迎会はまずSEXの話から始めた、担当の女性社員は定期的にマイクロミニスカートで来てパンツを見せる、エロいと思っている言葉に「イス」を挙げる社員がいる、とかそんなの)

アンティノスって素敵すぎませんか

 

そんなアンティノスも経営があまりうまくいかなくなった出来事が起こります
これこそ適当な物言いですが

まず

T.M.Revolutionマイナスとマイナスをかければプラスになるとかいう充電期間

意味わかんないでしょう、言ってる本人が一番わかってなかったかもしれない!
単純にイロイロあってCD出さないわ人気も下火になるわATMレボリューションされるわで個人的にも混沌が訪れていた様子です
これが2001年ごろでしょうか
TMRの売り上げが主軸となっていたアンティノス
新人を発掘してもあんまり売れない
爆発的ヒットも時代の変化からかアンティノスでは生まれなかった時代かと思われます

さらなる追い打ち、浅倉大介までCD出さないとか言い出す

レコード会社とうまくやって来ていたのですが、時代の波かCCCDという規格をソニーが全社で導入決定
浅倉大介ソニーに猛反発し関係が良好とは言えない状態になったと思われます
2003年末の導入を機にアンティノスから自身でのCDは一切出さないという運命の岐路が

これだけじゃないでしょうけどやはり結構大きな出来事だったんじゃね?これっていう2つを挙げてみました
そこまでいちミュージシャンに力はないわw親会社ソニーだぞwってのもわかりますが
アンティノス黄金期と思われる1997〜2000年の売り上げは確実にこの2人が売れていたからこそという事実もあるのでそんな感じかと思われます

 

アンティノスレコードは空中分解

最高のレーベルがこうして文字通り消えて行きました
大半の所属ミュージシャンは路頭に迷う、もしくは親会社であるエピックソニーへと移籍

そんな中、最も路頭に迷っていたのがフラワーカンパニーズ
略してフラカン

2016年、なんとなく深夜番組を見ていたらアンティノス分解後、全く忘れきっていたフラワーカンパニーズがなんと出演している!
なつかしいなぁと見ていたらこの10年の経歴をざっと振り返る最中にまさかのワードが

2004年 所属していたアンティノスレコードが空中分解 迷走を始める

だいたいこんな感じ

笑いつつも涙が出ましたね
そもそもアンティノスレコードという言葉をテレビで聞くのは10年ぶりなわけで
そして迷走していたミュージシャンが未だにそれを引きずりながらも頑張っている姿に涙が止まりませんでしたね

大げさですが

全然わかってあげられないけど痛いほどわかる迷走の10年

アンティノスレコード、私は忘れないよ
(あとフラワーカンパニーズも、ついでに言うと同じく迷走しまくったコタニキンヤ.も、歌手:仲間由紀恵野村佑香も)

 

フラワーカンパニーズ/ヤングフラワーズ

フラワーカンパニーズ/ヤングフラワーズ

 
仲間由紀惠

仲間由紀惠

 
ナンダカンダ

ナンダカンダ

 
T.M.R.X’mas Party Box [VHS]

T.M.R.X’mas Party Box [VHS]

 
tk-trap

tk-trap

 

音について考える

昨日、久しぶりに大きな雷の音を聞きました
役場に用事があり外出中に通り雨に遭遇
晴れ間も見えていたため雨宿りして屋外で久しぶりに生の雷鳴を聞きましたが痺れるものがありました

決していい耳を持っている訳でもないのですが音に関しては関心があり、こだわりもあります

音質なんてそうそうわかりませんが、音楽を聴くからにはそれなりに受け取る側も必要最低限の環境は必要と思いイヤホンだけはお金をかけるようにしています
一番聴くであろうアーティストの推奨したちょい高級めイヤホンを使っています
こいつ

SONY 密閉型インナーイヤーレシーバー MDR-EX700SL

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音楽を聴くために取り揃えた方がいいというものは他には一切手をつける気はありません
が、それなりに音楽に敬意を払う意味で購入しています

そして音に関して精神的なトラウマもあります

全国のおかあさんおとうさんに向けてちょっと考えてほしい
大人になったからこそ耳は大切に考えてほしい
そんな音問題です

 

私の耳は30を迎えた今でも特に聴覚障害などもなく健康です
といっても少々左耳が弱いです

 

理由は簡単で、数年前にインフルエンザにかかった際に高熱が続いて鼻水1週間以上止まらないという症状の末、耳が遠くなりました

よくあることなので最初は気にも留めていませんでしたが、2週間あたりでさすがに耳の聞こえ方が怖くなり始めました
ヘレンケラーの記事を読んだこともあって恐怖を感じて耳鼻科へ行きました

 

結果はなんてこともない

鼻水が出すぎて鼓膜まで到達してとにかく気持ち悪いグロ鼓膜状態になってます

とのこと

 

医者に見せられた症例の写真がマジで気持ち悪くてぞっとしましたが
難聴とかそういうものでもなく、一過性のものだと診断
結局鼻にチューブぶちこまれて鼻水吸いだされて終わりでした

ところがそれから数年経った今でも左耳はなんとなく聴力が衰えたまま
他人と比較できないのが辛いところですが確かにバランスはおかしいまま
イヤホンで音楽聞いたりすると悶々とすることが多々あります

 

そんな話を会社で先輩にしていたところ
いつもウザいくらいのリアっている先輩が神妙な面持ちで幼少期を語りだしました


小さい頃に高熱で耳がやられて実は左耳がほとんど聞こえないんだよね…

音楽も右耳のみで聞いているというのは私にとっては耐えられない事実です
ちょっとバランスおかしいくらいでもやもやするんですから
高熱って本当に怖いと実感しました

 

探してみれば周りに結構いるんです、若いのに後天性で耳があまりよくない人
同い年の友人がよくとなりの家からの壁ドンに悩んでいて、
ある日家に遊びに行ったところテレビの音がとても大きく
それを指摘し、同じ音源を聴き比べたところ明らかに聴覚が衰えていた
なんてこともありました

 

案外聴覚というのは日々の積み重ね的なものもあり、簡単に衰えます

競技かるた漫画のちはやふるなんかではとてもそれが大切に扱われていて、ちょっと感動します
ちいさな音を聞いて飛び出していくなんて、聴覚が全てといっても過言ではありません

 

環境というものはとても大切です

聴力に限らず、音の大きさは人の心にも大きな影響を残します
自身のトラウマを例にあげますと

私の実家は鉄工所を父親が営んでいて、とにかくクソド真面目でガンコ親父でした
毎日鉄工所内で大きな音を聞き、聴力はボロボロです
そして家に帰ってきたとたんにその鉄工所で有り余った体力を生かし、ドアなどを乱暴に閉める
本人は大きな音などには慣れているのでドアがとてつもなく大きな音で閉まるのなんて気にもとめない
「うるさい」なんて言ったら親に向かってなんて言葉を言うんだと、その大きな声で怒鳴り始める

私の幼少期のトラウマです
大きな音や声は人を追い詰めます
ただ静かに生活したい、親の元を離れたいという一心で一人暮らしを選択しました

父親が亡くなった今ではそんなことで会話さえも拒否した自分は小さい人間だったのだろうと考えますが
この大きな音に囲まれて過ごすというのは本当にストレスです
慣れていても、毎回ビクっとしているんです
小さな子供ならなおさらです

 

私は小さな子供に大きな音は最大のタブーと考えています
精神的にも、そして聴力のためにも

 

よくコンサートに子供を連れていくのはいいことなのか?という問題を聞きます
5歳から有料なんてのもよく見ます
耳が大きな音に耐えられるのは5歳からだからそれくらいからならOKなんて意見も見ます
公演中泣いている子供は邪魔だから入れるなという意見も見ます

 

私としてはとても複雑です
小さな頃からいい音楽を見る、聞くというのはとてもいいことに思えます
ですが、泣いているというのは明らかに大きな音にびっくりしているというのもあるでしょう
そして、聴力は一度失ったら簡単に復活するものではありません
子供の聴力のためにも大人でも大きいと感じる音を一方的に聞かせるなど言語道断です

 

そして、子供にも意思が確実にあります

音なんて関係なしに行きたい子供
母親にコンサートに誘われて行きたくないと思っていても、嫌われたくないと行きたいという子供
そんなのながったらしくてヤダ、という子供
いろんな子供がいます

親がしっかりと子供の意思を尊重して、行きたいと思うのならば私は最高と思います

ですが、子供に耳栓やヘッドホンをつけるなど、聴力を守る対策はいくらでもできるのです

 

聞こえているからこそ、当たり前と思うこの音はとても大切に扱っていくべきものだと私は考えます

 

 

 

 

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浅倉大介と西川貴教の関係性というものに関してT.M.R-eを通して考察する、多分

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知っている人は知っている、この2人の不仲であるとされる複雑な関係性についての考察をしたいと思います

というのも、2017年5月13日にTMRが21周年を迎え、ある騒動的な出来事が起こり、ようやく気持ちが晴れた、ような気がしたからです

アツい想いすぎて、主観も入っていて気持ちのいいもんじゃありませんが、冷静に見つめられたらと思います

 

私は1999年にTMRというものに出会ってから兼オタというのを続けており、一方は必ず追いかけ続けてきたファンです
TMRから浅倉大介を好きになり、兼オタになり、その後西オタ(TMRのファン)になり、近年は10年ほどDAオタ(浅倉大介ファン)を続けています

気持ちの整理のため、この記事を書くに至りましたが、複雑すぎるこの心境はそうそうまとめられるものでもありません
私が知っていて、時の流れとともに消えていってしまうようなつたない記憶を伝えられたらと思うところもあります
どうやってもフラットに考えたり感情抜きで考えられないものがありますが
どうか同士の目に触れ、よい感情を持ってくれることを祈りたいと思います

 

 

2人の元々の関係性や魅力とは

私が追いかけだした1999年はまさにTMRが最高潮を迎え、そして一区切りという年でした
この当時のTMRというのは、代名詞といえる雨風が吹き荒れ、わかりやすくなおかつ大胆で世を驚かせるような広告展開や企画意図が満載の楽曲や構成をしていて一筋縄では語れない魅力のつまったものだったと考えています

 

楽曲に関してもTMRトータルプロデュースが浅倉大介である以上、西川の本質であるロックテイストを守りつつもダンスビートに溢れ
浅倉大介の根本であると思われるエレクトリックなピアノをベースとし、独特なリズム感や葛城哲哉のギター、そして曲をまとめあげるシンセサウンド、独特な声色のコーラス、魅力的な時代を象徴するようなSE、そして挑戦的であり遊びが入っているくせに奥深い、明るさに切ない影を落とすような歌詞、インパクトの塊のようなMV

そんなある一種の完成されたエンターテインメントがそこにあったと考えています

よい言葉が見つからないのですが少年ジャンプのようなものでしょうか

 

本人たちの思っていることはわかりませんが、当時は表向きのTMRの周辺のスタッフ、製作陣、そして西川貴教の本人はとても友好的な空気が流れており
たまに浅倉大介との対談などをしてもお互いにギクシャクしているという雰囲気は一切みうけられなかったものです
もちろんこれは浅倉大介がプロデューサーであり、浅倉大介が中心となっている事務所に西川が在籍していたという事実があって成り立っている関係性でもあります

西川本人もすべての主導権を事務所、レコード会社などに任せるしかなかったような時代です
発言権や決定権は本人にあったとしても、上司がいる、会社員となんら変わらない環境だったと思われます

 

当時のラジオなどを聞き直しますとわかりやすいものですが、レギュラー番組のゲストに浅倉大介を迎えてのトークと、通常時でのトークは当たり前ですが全く内容が異なります

浅倉大介ゲスト「次回のライブは年末年始カウントダウンです、楽しみですね、折角のタイミングですので来てください」

通常時「カウントダウンは家に居たい派なので嫌だと思っている、ファンも来なくていいっす」

飲み会で上司を持ち上げる部下、そしてその後に1人になった際に友達に電話で本音をグチる、そんな印象でしょうか

 

この在籍していた事務所も芸能界ではあたりまえかもしれませんが、ひとクセあるところがあり、TMNなどが在籍していた事務所から浅倉大介のマネージャーである女性が代表となり独立したという過去を持ちます

ざっくりと言うと浅倉大介の音楽のために独立した浅倉大介中心の事務所でもあったわけです

 

過去にルイマリーというバンドでデビューをし、第二の音楽人生を歩もうとしていた西川貴教はこの事務所にすべてを委ねている形でした

当時から西川のボーカル、そして音楽の方向性はロックを根本とするものであり
バンドスタイルでのツアーを回った感想を聞かれた際に
「今回はバンドスタイルだった、次はテクノになるかもしれない、意外性は常に大切に考えている、ロックでずっとやったりするかもしれないしね」と冗談っぽく答える中でも、バンドスタイルでやりたいのかな?という意思を汲み取れるようなニュアンスで発言をしていることがあったのを記憶しています

プロデューサーであった浅倉大介もそれはとても理解していたと思われ、
西川の根本である8ビートの歌声を高く評価した上で、その声を多方面に生かせはしないか、全く違ったテイストを歌わせることで違う面に生かし、西川という魅力を伝えることが出来るのではないかと画策した発言を多々残しています

浅倉大介は音楽に関しては超一流と言い切ってよい人です
自身の特性なども理解した上、さまざまな音楽ジャンルを組み合わせた独特なスタイルを駆使し、TMRの可能性を挑戦的に伸ばし続けており、なおかつ西川が一番活かせるものはこういう音楽、という大前提を持っています

 

こういった違う音楽の才能をもつ2人の力の共演がTMRの最大の魅力だったと私は考えています

 

the end of genesis T.M.R. evolution turbo typeD 、T.M.R-eという存在

1999年、TMRは東京ドーム公演を達成し日本を代表するミュージシャンの仲間入りをしたと思われます
ミリオンセールスを達成したりと人気の最高潮を迎えた1997,8年、その人気を証明する形で日本一大きな会場でのライブです
浅倉大介西川貴教本人たちは当時のインタビューにて共通して「通過点」というワードを使っています
のちに西川が
「後から別々に撮ったインタビューを見返して打ち合わせもなくそんなワードをお互いにキーとして出していて気持ち悪いくらい認識が一致していた」
と語るほど、本人たちにとってそれは真意であったと思われます

そんな中でTMRをさらに大きなものにするため封印し、ファンにその封印を解く鍵を委ねる

そういった形でこの長い名前のプロジェクトがスタートしています

西川本人が
「年末からずっと髪を切ることさえ禁じられていた」
と発言したようにこのプロジェクトは1998年の年末には決定していた様子です

この西川貴教の発言とは真逆とも取れる発言を1999年に浅倉大介が残しています

「封印を決定したのは東京ドーム公演の前日である、自然な流れで必要なこととして西川貴教と決めた」

といった内容です

こうした言ってはいけないと禁じられるもの、言葉にもアーティストイメージや筋書きをつけ、表現の一種などとして使用する部分もあるのがこの浅倉大介の所属事務所、またはレコード会社と思います

 

 

発言などをすることもなく、真意をつかむことができない事務所、制作スタッフ陣、レコード会社はどのような意図でTMR-eの企画を持ち上げたのでしょう

発言がない以上明確なことは言えないのですが、
当時を振り返り、売り上げという数字の部分を考えますと

TMRの売り上げは決して悪くなく、しかし衰退が感じられていた

ように思います
ダブルミリオンを達成した1998年の1月発売triple jokerから1年、1999年3月発売のthe forceでは売り上げは半分以下となっています
大ブレイクは続いていたものの、やはり永遠に続かないのは当たり前です
さらなるブレイクを見込むことは大変難しい、現状維持をするのはアーティストのスタイルとしてもそぐわない、

新しい形でさらに驚かせるような展開をし、確実な固定ファンを獲得するのは必要不可欠

そして、西川が得意とする分野にバラード、何より歌唱力や表現力があり、浅倉大介の得意とする分野に幅広い音楽とコンセプトに沿った企画性のようなものがあります

もう一度、全く違った新たなものに最強の布陣で挑戦し、音楽性の幅を広げ確実な地位を作り上げる
といったところでしょうか

 

さて、本人たちのこのプロジェクトに向けた気持ち的なものはどうでしょう?

 

浅倉大介という人物はよく言っても悪く言っても感情を音楽で形にしたりはしても、発言や行動で大きく示すことは少ないと思います

大嫌いな音楽があったとしてもそれが必要とあらば自身のフィルターを通し変換し結局は柔軟になんでもこなすような部分があります

例にあげるとデビュー以前、新人サポートミュージシャン時代に大先輩である葛城哲哉に向けて
「不快な音、エレキギターの音は大嫌い」
という発言をしながらも葛城哲哉のギターを使い続け、そしてそのギターの必要性をしっかりと理解し現在では自身でエレキギターを弾くようになったほどです

 

音楽としての理論はしっかりとあり、必要のないものは音楽にとって不快なものという考えが一本しっかりと通ったバランス能力の持ち主です
プロデューサー、作曲者としてもどのプロジェクトにも全力投球する姿は垣間見えており
「一つの音楽を表現するために、この仕事を全力でやる、いつもどおり自分の中にある完全な最高の出来のものを視聴者に提供する」というスタンスだったのは間違いないと思います

 

また、プロデューサーといえど、すべての展開を担っているわけではなく、いち音楽アーティストとして西川貴教と似たような立場にはあります
これをやれ、あれをやれと自分勝手に指示をだしているわけではないのです
1つの案件をベストな形で世に出すためには自分の才能を使っていかに最高なものにできるかをやっている、と考えてよいと思います
音楽アーティストですので方向性の示唆はします

が、最終決定権はやはりお金を出資し販売をするレコード会社のディレクター、所属事務所の社長などでしょう

そこをふまえ、綺麗に割り切っているのが浅倉大介です

感情という面では

「このプロジェクトをやっているということよりも、一つの音楽の形を作り出しているのが楽しくてたまらない

といったところでしょうか
基本的にネガティブな発言は一切しないのでそのくらいしか言いようがありません

 

西川貴教の方はどうでしょう
当時について
「レコード会社を担っているのは自分だから周りを引っ張っていかないと、などのプレッシャーを受け、気がつかないうちに神経顔面痛になっていた」

などマイナスな発言を多々残しています
このプロジェクト最中のみでなく過去にもそういった傾向はあったと発言しており
精神的に限界を感じ始めていたのがこの時期という発言も残しています
なんでやっているのか全然わからなかった、話が持ち上がった際に反対した
など、やりたくなかったという旨の発言は増える一方です

 

また、逆にポジティブな発言も多々残しています
すべて音楽、楽曲に関する発言です

例として
TMRの曲をTMR-eのライブでやるのを最後まで反対したのは自分だった」
TMR-eのアルバムの構成は絶対に崩すことのできるものではなく、当初曲のトラック数を1曲にし、すべて通して聴いてもらうものにしようと画策した」
TMR-eの衣装、MVに関してのこだわりは相当のもので、一番楽しかったのは浅倉大介にどんな衣装を着せるか考えること、金額は相当なものになっており、MVに関してはもう金額なんて考えていられる場合ではない」
「月虹のショートバージョンは自分よりであり、ロングバージョンは浅倉大介よりと感じる」
「月虹のMVはショート、ロングと2バージョンを作らなければいけないと考えている」
TMR-eという出会いから別れの季節はまためぐり、そして出会う、それが何年先に聞いてもまた出会える」
など、全力で楽曲やプロジェクトを理解し向き合う姿勢は垣間見れるところが多々有ります

やはり歌っている本人が歌詞、楽曲のことを理解していないなど言語道断であり
TMR-eの複雑な楽曲に関しての解釈も相当なものがあります

 

数年おきに度々披露されてきたTMR-eの楽曲ですが、2017年5月までに3曲が同時に披露されることはありませんでした
またボーカルありの曲の間を構成するインストゥルメンタルの曲が流れることももちろんありませんでした
ライブを構成する単品のバラードといしての扱いだったと考えてよいでしょう

TMR-eの曲をやると宣言され行われた2017年5月13,14日のライブにて
2000年3月が最後となっていた3曲通して全てが歌われる構成が再現されました

、崩すことができないと言われていた

プロローグ inst
陽炎 vocal
ノクターン inst
月虹(ロングバージョン) vocal
セレナーデ inst
雪幻 vocal
エピローグ inst

この構成をそのままに行われました


TMR-eをやると言ったら3曲やるのはわかりますが、弦楽アンサンブルを用いてまでインストをやるというのはとても意味があることです

時間などの制限もあり、2曲がカットされたのは理解出来る部分です
3曲だけやるほうがどう考えても簡単です、ただの演出としてと考えても、ステージの移動をする間の部分のみを演奏すればいいよいのです
生演奏にこだわったからアンサンブルを使うのならば、他のオケ部分もいくらでもいじりようがあります


しかし会場でかかっていたボーカル曲のオケは全くの原曲でありそれは当時のあの完成された構成と全く変わらない、と言っても良いものであったと思われます

 

西川貴教本人の好みなどは知る由もありませんが
このTMR-eというものがどういうものなのか
現在でもTMR-eというプロジェクトの意図、真意をそのままに認識している
または
認識している聞く側を尊重している
ということがとても伝わったように思えます

 

当時、聞く側が発信されたものを一方的に受け取る音楽をやるつもりはない
聞く側が選び得る音楽にTMR-eはするつもりだという発言そのままの形であったと思います

特に月虹では曲間の空白の部分で起こる拍手まで制すような様も見受けられました(個人的な見解ですが) 

 

どのような心境でこのプロジェクトをやっていたのか、それを考えるとマイナスイメージが付きまとうものですが、

楽曲に関しての深い理解や揺るがない意図
ボーカリスト表現者としての最高の意識が垣間見れた瞬間と思います
ただの深読みかもしれませんが、いちファンとしてはそう受け取れました

 

マイナス、ネガティブな傾向の西川貴教のこの1999〜2001年にかけての発言ですが
これらは大多数が事務所スタッフ、レコード会社へ向けてとして発言している形になっています


相手は一応一般人か取引先です

個人名をさすがに出せないのです、匂わす程度になんとか止めている部分はあるのです

 

しかし個人名が出された場合もあります

勿論浅倉大介に対しての発言です

 

名前を出すことが出来る個人というのはミュージシャンである浅倉大介に限られた話であり、濁らせたものは個人を断定できず、きっと浅倉大介のことであろう、と結論されることが多々あります

 

浅倉大介のことを言っているという事実から目を背けたいわけではなく、当時の環境を作り上げた全てが浅倉大介という唯一名前の挙がることができたミュージシャン1人に向けられている形になり、こういった確執のようなものは広がり続ける部分もあります

 

また、映像などに残っているわけでもないためファンの中で語られるに過ぎないような出来事に

西川貴教とある事務所の〇〇というスタッフが喧嘩している所を見た」

「スタッフである〇〇は厳しく、西川貴教とは不仲である」

などの噂は当時より多数存在し、スタッフとの確執が大きかったのではと疑う部分も多いです


感情を表に簡単に発言し、なおかつ個人名を出すことができないため、結局推測する余地を残し、誰に対し言いたいのかと真意がわからない形で発言のみが残ってしまう点が多々あり非常に判断が困難です

浅倉大介を含め、当時の環境や取り巻くスタッフへの不満をぶつける発言ということだけは事実です


そして真相は常に表立って出されるも、結局は当の本人たちが実際の関係性を話し合うところなど現在は確実にありえないのです

なぜこういった発言を続けるのか、自身にとってもマイナスな、炎上案件ではないのか
この部分に関してはわかりません


当時の悔しかった気持ちを反面教師とし、自信を奮い立たせたいのか

現状、自分の力で成し得たこと、出来上がった現在のTMRを誇りとするための言葉なのか

浅倉大介の価値を落とす発言をし、当時の復讐を現在したいのか

単に考えなしに言葉のあやとして出ているものなのか

 

現在、時折テレビなどで共演する2人は特に何事もなかったかのように接してはいます

もちろんメディアに表立っているのですから当たり前の事ではあります

 

一体不仲と呼ばれる現在の関係性はなんなのでしょう

 

確実に言えること、浅倉大介の言葉を借りて言うと「音だけは信じられる」ということ

 

どんな感情が渦巻いていようとも、少なくとも音楽に対しての姿勢と作り出された音楽に対しては上記した通りこの2人は確かな誠実性を持っています

 

 

よく言うスタッフって誰なんだ?という問い

浅倉大介サイドのスタッフを熟知する必要性があり、西川貴教方面からでは見えづらい部分はあります

この浅倉大介サイドというのも一つの信念をもっていると言える部分があり、そこは西川貴教の人格や性格などに最も反発する部分であると思われます

 

音楽アーティストたるもの、常に見られていることを意識し、発言には注意し、なおかつ音楽に対しては徹底的である
そういった部分が強いのが浅倉大介周りのスタッフと言えるかと思います


TMR-eスタートの際にビジュアルのために髪を切ることを禁じられたり、プライベートに関しましてですが人気絶頂期の結婚に大反対をしたりなど、アーティストとしては当たり前かもしれませんが、自由が確かに少ないと言えると思います


浅倉大介はそういった部分は一種のあきらめを持って生きているように思えます
音楽に全てを投じる為の覚悟がある人間です、比べるわけではなく覚悟の方向性が違うのです


また、事務所自体、前記した通りいわば浅倉大介の音楽を世に出すために設立された浅倉大介の世界観を重視する事務所でもあるのです
浅倉大介本人の個人的な意向ではなく、音楽アーティストである浅倉大介というひとつのものを作っている会社なのです

 

そしてレコード会社に関しましても少々特殊と言えます
当時所属していたレコード会社のアンティノスレコードはプロモートのみを引き受ける形の会社であり他のレコード会社とは一線を画しています
音楽に関しては全く浅倉大介の事務所が全てを好きに出来る
しかし、売れるため、プロモートするのはレコード会社、お金と変えてくるのはレコード会社、普通のレコード会社と同じ部分はあるにしろ
お金とMVとプロモーションはするから売れるような最高の面白いものを持ってきて
というスタンスと思います

社長であった人物もMVに対しての相当なこだわりをもつ人間であり、伝説的な存在です

所属していたアンティノスレコードの収入源、つまりトップアーティストだったのがTMRでした

「俺が稼いだ金で新人とか他のやつ売り出しまくって予算を俺に回さないで…」とのちに西川貴教は苦言しています
レコード会社に所属する以上当たり前なのかもしれませんが、不満が多々あった事実もあります
後輩を可愛がっていた事実もあり、逆恨みをしている様子ではないのです


最高のものを提供するため、音楽に陶酔し、MVでの意外性などを追い求める反面
ストレスという形で西川貴教個人の意思は追い詰められた部分があると思われます

追い詰めた人物とは誰か?と言えば、上記した「指示を出していた人物」そのものに違いないでしょう

ですがその本人(達)も仕事のため、よりよい物を作るため、精一杯の良き選択をしていたことはまぎれもない事実です

 

 

決別の決意に至った出来事

西川貴教により2017年5月14日に語られました

自身で歌詞を書いた際に、自身のとても大切なものを形にした歌詞を事務所(不確実です)に提示したところ

「羽根のない翼でも」

という一節に対し(どういう意図かは不明、冗談だったのかもしれない、軽い意味合いだったのかもしれないが)

「これどういう意味なの?」

と半笑いにされた瞬間、今考えたら決別を意識したそうです

 

誰が、というのは本人も語っていません、憶測だけでは語れないということが大前提にあるため

この発言をしたのが誰だったのかは西川貴教本人の口から出るまで、憶測では語れない大きな問題と思います

 

決別については、当時よりこの曲の収録されているアルバムは

浅倉大介と音楽での戦いがあった」と発言していました
受け取り方も様々ですが、よりよい音楽にするために意見のぶつけ合いをしたりした、という意味かと思われます

また、このアルバム制作時期ごろより、浅倉大介との立ち位置が対等に感じられるようになったと西川貴教は語っています

殴ったら殴り返すのではなく驚いて理解し、音楽で再構築し殴り合いを表現するようなタイプの人間が浅倉大介であり
殴ったら渾身の力で歌って殴り返すようなタイプの人間が西川貴教と思います

ちょうど対等な同じステージの上にて音楽での殴り合いをしていたような時期ではないかと思います

 

そんな中で腑に落ちないと感じていたものが形となり、人間性までも否定されたと捉えた瞬間がここにあったと感じられます

そして、その発言を人として許せないと感じた西川貴教は決心をした、というところでしょう

 

以前までは自身の力もないため道は一つしかないと考えていたが、ミュージシャンとして大きくなれた今、別の道を選ぶという選択肢を持った

そして動き出すマイナスの推進力を得た

そんな瞬間だったのではないかと考えます

 

 

ファンの感情、そして現在の楽曲のゆくえ

現在のTMRのライブの音源、Rebootと呼ばれるリアレンジされた楽曲については両ファンの抱える複雑な思いがあります

 

前提として作曲者である浅倉大介は自身の楽曲に対しての強いこだわりを持っています
以前JT2という半年以上続くツアーを行った際に最初に構成した演奏が途中から変化し始めてしまい、納得できずツアーのテコ入れを行ったということがありました
完成形のレベルが下がったための怒りです

それから月日も流れ、楽曲提供者となった近年では
TMRの楽曲のアレンジに関しては一度作ったものを西川に渡したのち、バンドスタイルとなって完成されるものと考えている」
という旨の発言を残しており、割り切ったものとの考えを持っているように見えます

 

それではファンはどうでしょう、全てが聞く側のためにあると言い切るTMRの活動と楽曲です

 

TMRサイドのファンは
西川貴教の歌声や人間性が好きで全てを受け入れる
このリアレンジされたものが好きでありそれを聞いている

原曲が一番いいがこちらはこちらで好き

 

浅倉大介ファンは
CDでリリースされた完成された曲が好きであり、アレンジが施された時点で全く別物と考える
そういった曲の変化も浅倉大介の楽曲の一つの形と捉え行く先を見る

西川貴教自体の活動の一環と考え、浅倉大介を否定するような物は聞かない

 

といったところでしょうか

 

しかし、兼オタと呼ばれる存在は複雑極まりないものです
大半が西川貴教の声と浅倉大介の音の競演を聞いているのです
完成されたものを一度壊し、現在の形にして発表することの大切さは浅倉大介のスタイルとも言える部分です
ライブに行き、その楽曲が現在どう歌われるのかを聞きたいという部分はあるのです
ですが、ライブで披露されるアレンジは浅倉大介という存在は歌われるメロディー以外は徹底的ともいえるほど排除された形です
ただ、やってくれるだけで嬉しいと思う人、新たな曲がリリースされその曲をそのまま聞きたいと思った人、そういった期待は裏切りへと形を変えることが多くなるのが現状です

ファンのためにやっていると明言されつつも、こういった隙間のファンを排除したいのでは?と捉えられるような発言

そういう事なのでしょう

 

どうしてそこまでしてTMRの曲やるのか、それはTMRという存在が大きくなりすぎた、求められすぎたというのは言うまでもありません


現にabingdon boys schoolというTMRのバンド面をサポートをしていたメンバーによって構成されたバンドを結成しバンドサウンドに特化したプロジェクトを立ち上げ、仕分け、としたことがありました
が、結局のところTMRほどまでは大きくならず、そしてTMRでしかできない楽曲への需要は確実に募り、並行しての活動は数年で幕を降ろしました
他にも事情があったのでしょうが知る由もありません

 

TMRのことを西川貴教本人も大切に思い、そしてファンも大切に思っています
現状維持は大嫌い、それでも現状を変えながら維持するしかできない

 そういったしがらみとも取れる何万人もの思いの形は現在のTMRを作り上げていると言っていいでしょう
誰かの意図などではなく、どうしてもそうなってしまった、と思われます

 

 

このTMRをまつわる2人をどう考えればいいのか、今後どうするのがベストなのか

ストレートな考えは好きなものしか見ない
嫌いなものは見ない

ただそれだけですが、兼オタと呼ばれる人には大問題です

 

あのTMRはどこに行ってしまったのか
あの愛したTMRは帰ってこないのかと考えることもしばしばです

そういう悲しい感情を持つ人は少なからず居ます

そういった人は2人の競演を望み、お互いの音楽を尊敬し合っているところを少しでも見いだせたならば救われる

そんな一筋の希望を見ているように感じます

 

浅倉大介は何も語らず、西川貴教からは辛い過去として語られ続け、現在全く違うものになってしまったTMRから、当時のTMRを見つけようともがいているのです

 

初期TMRとはなんだったのか
音楽の才能がTMR-eのように出会い、一瞬道が交わり、すれ違い、反発し、そしてまたいつか巡り会う
そんな触れらない完成されたものとして私は扱っています

 

懐古し、あの頃はよかったと思う部分も確かにあります
ですが、あの一瞬の偶然交差した才能の競演がTMRであり、それは音楽の1つの形として大切に誇りにして生きて行くものと考えます

いつかまた、ふと巡ってくる季節、そんなものであれば良い

 

そして再度、浅倉大介の言葉を借りて
音だけは信じられる

 

そう考え、自身で信じられる部分までを探りこの長きにわたる混沌とした関係性との付き合いを続けたいと思います

L'Arc〜en〜Cielの90年代広告はマジで神がかって時代の象徴すぎるからマジで見て

日本語になってませんがとにかく要約するとかっこいいということです
私の90年代音楽画像フォルダから寄せ集めてみました

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L'Arc〜en〜Ciel

ご存知の通り日本を代表するロックバンドであるラルク
BBAな私はまさにドストライクな世代でした
小学生高学年のときに3枚連続シングルリリースとかやってましたね

当時はネットがやっと普及し始めたくらいで
パソコンを持っている子には最新情報やラジオの書き起こしをプリントして学校に持ってきてもらい、情報交換に全ての時間を費やしていました

クラスを大きく分けるとラルク派閥が4、GLAY派閥が4、残りの2はジャニーズやB'z、私のようなT.M.Revolution派閥もいました

BBAだからそう思うのかもしれませんが

とにかく音楽業界がいい時代だったな〜〜〜〜〜〜と本気で思いますね

 

そんな世紀末の雰囲気の中で、クラス内で一種の通貨となっていたのがラルクの雑誌の切り抜き

1冊雑誌を購入したらとにかくラルクのページをごっそりとカットして学校に持って行くとそれを通貨として切り抜きの交換がスタート
ラルクロンダリングを繰り返し、自分の買っていない雑誌に載っている他アーティストの切り抜きをもらう

まあ、いわゆる交換なのですが、これ本当に通貨になってましたね

「この間遊んだときに遅刻してきたでしょ!」→『ラルクの切り抜きあったからあげるよ!』→「今回は許してあげる」

そんな感じです

切り抜きはカラーコピーでは変えられない何かがあるらしく(当たり前ですが)
VHSで歌番組を録画したものよりも全然価値が高かった気がします

体感ですけど

 

長くなっちゃいました、本題に入ります

 

90年代後半、いわゆる世紀末を象徴するような広告展開をしていたラルク

まず、ラルクといえばhydeがクッソイケメンなわけです
いまでもちっちゃいオッサンとか呼ばれながらもイケメンで通ってると思います
hydeだけでなく、多分世間的に見たらTETSUももちろんイケメンの部類かと
見る人によってそりゃ違うのでアレですが

それが全く生かされていないこの広告!!!!!

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winter fall

winter fall

 

 

メインビジュアルってやつですね!
見て!きれーな外国のねーちゃん!!!!!!
どこかのブランドものの香水の広告か????と錯覚するほど
そしてそのねーちゃんがかもしだす怠惰感、廃退的な雰囲気
当時全盛期だったヴィジュアル系とかゴシックともとれるけどもっと洗練されてる気がする


正直ラルクを知らなかった人はこれくらいの時期にはいなかったものです
ラルクが何をしたかっていうと、多分ブランドイメージの定着を狙った広告展開したんじゃねえか!?
と思ってます
正直広告効果とか全然わかんないんで適当ですけど

 

企業などが広告と呼ばれるメディアの展開をするには段階ってものがあります

まずは商品(ラルクは曲)

そして会社の認知(ラルクはバンド自体)

最後にブランドイメージ(ラルクはバンドのイメージ)

 

このブランドイメージ部分にあたるかと思うのですが
これが見事というか美しすぎるというか
ラルクってすばらしい

多分ですが、なんでこんな素晴らしく感じるかというと
曲の日常感みたいなのを徹底的に連想させないビジュアルを見せることで、
曲もカッコイイ、ラルクもカッコイイ!こんな世界観に浸りたい!
みたいな完璧な相乗効果が超うまくいった!みたいな感じなんでしょうね
そりゃこの広告見たら外国の雰囲気に呑まれます、そして曲はとてもキャッチーであり、カッコいい、日本人が当時大好きだった曲調!
あえて顔を出さないのだからバンドはカッコイイかカッコよくないかどちらかでしょう
カッコイイ広告と曲のイメージに興味を持った人がバンド本体を注目して見たらhydeの超絶イケメンビジュアルが飛び込んでくる

 

まさに鉄壁

 

さらに顔だけのバンドと思われたくないというリーダー(TETSU)まで完備
そりゃ売れるわ!!!!

 

 

ある悲しい出来事により3人で活動再開したラルク、まだドラムのyukihiroはサポート扱いでいません
どうでもいいですがyukihiroの黒い巨塔と呼ばれる自宅の壁を黒く塗ったのは私の兄の仕事仲間です(今もそこに住んでるかは不明)

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HEART

HEART

 

顔も出してますがもう雰囲気写真でしかないですね
変に着飾るでもなく、この廃退的な白黒のビジュアル、そしてシンプルなロゴ
めっちゃかっこいいじゃないですか

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アルバムのブックレットにもねーちゃんは登場します、もちろん本人たちも
これがまたかっけええんですよ、んでアルバムにも合ってるんですよ
イメージぴったり!ってやつです
ほんとにブックレットまで素晴らしい、CD買う価値ってこういうことって思います

 

まだまだ続く!ラルクのビューティフル広告!

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HONEY

HONEY

 

コレクションしてる割にこれしかないのが悲しいのですが
美しすぎて8時間くらい見てたいですね
ヴィジュアル系にこういうメインビジュアルの曲とかジャケット、結構あるんですが
ラルクが一番世界観作るのうめえな!って感じてますね
まずバンド名から得してる!みたいな

 

ネーチャンだけがモチーフじゃないです

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forbidden lover

forbidden lover

 

 クジラ!!!!!

かっけえよ、、、曲にももう本当にバッチリくるんだよ、、、

 

 

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メンバーの手! 

Pieces

Pieces

 

これ正直な話、なんてことのないいいバラードなんですよ
ところがMVではめちゃくちゃ綺麗な外国の街中でラルクが呪いにかかって人殺したり懺悔したり、とっても大事なシーンでハエをドアップにしたり
マジ企画意図満載すぎんだろ!っていう
しかもジャケットはトンボなんかい!もう本当好き!ってなります

 

ついに出ましたアルバム2枚同時リリース!

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ark

ark

 
ray

ray

 

ただのビジュアル系でもロックバンドでもなく、時代を象徴するラルクになりつつあるビジュアルですよ、もう本当に
これを持っていない人はそうそういなかったレベルでしたね

多分こんだけカッコイイ連呼してますんで、ラルクのカッコイイイメージはよ〜くわかったと思います

 

 

だが、ここで終わらないからラルクは半端ないわけで

 

 

 

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デカチョウ!!!!!!!

ハートに火をつけろ! [DVD]

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わかります?この世界観
これを面白くないと思う人は個人的には相当つまんない人生送ってるんだろうな〜と思ってしまいます
スベってる!じゃなくて、何が?って人ね

 

ちなみにラルク史上最強の笑えるMV集と思うのはこれ

www.nicovideo.jp

これ最高すぎて8435346時間見ちゃいますね
元ネタにしているのがラルクのメンバーが行ったしりとりっていうのがまた最高

CHRONICLE [DVD]

CHRONICLE [DVD]

 
CHRONICLE2 [DVD]

CHRONICLE2 [DVD]

 

 こっちにも続いていますが、やはり初代が最強

ラルクのカッコよさを存分に出した表の面が確立されているからこそできる広告だと思うんですよね
裏はこんなにフザけたバンドであり、ラルク普通のそのへんにいる面白いニーチャンだよ〜っていうタネあかしがあることで親近感がドっと湧くという

ただただキレイなところを見せていてはダメな典型的な例がAKB48だとかのアイドル業界でしょう
Winkはキレイすぎた相田翔子よりも、どことなく親近感があり美人だが完璧に手の届かなくはない鈴木早智子の方に人気が集まったりと人間は完璧すぎてもダメなんです
親近感はとても大切です

ラルクはカッコいい!カッコいいのにこんなにゲスいネタも面白い!というふざけた面白いバンドというイメージまで作っています

 

こんなの売れるわ!!!!!!!!!!

 

また時代も味方しています、テレビをつければ音楽番組が溢れていたような時代
CDもめちゃくちゃ売れる、そりゃ広告展開も遊びを作れるほどに予算が降りる
乗りに乗った音楽業界の中でもトップクラスで売れていたラルク
もう最強ですね

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めずらしく顔を広告に出すラルク、写真集ですもんね、なるほど


色々と時代も変化し、音楽CDが売れづらくなる2000年代の広告も美しいですし最高と思ってます

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REAL

REAL

 

ガーゴイル像(だっけ)めっちゃかっけえよ!!!!!

 

 

ラルクが踊るとか最高だったのにやっぱり時代の波にちょっと負けたところありますね

archive.org

STAY AWAY

STAY AWAY

 

初回特典は(たしか)ラルクのフィギュア付き、アホらしい♪めっちゃラッキー♪めっちゃラッキー♪っていうCMも本当にアホらしくて最高
完璧なのになって思ってましたが、一つの時代は長く続かないものですね

2000年代に入り数年したところでソロを開始したラルクですが
基本的に広告のスタイルは変わってないように思いました

だってメインビジュアルが本人が病院に行って撮影してもらったレントゲンってなんやねん!

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ついでにロゴも最高にかっこいいです
ROENTGENのこのhがハイドのソロディナーショーで料理の形となってたのには感動しましたね、行ってないですけどあれを食うために行きたかった…

f:id:chikichikichi:20170603130502p:plainこれの形のパイ的なのが皿に盛ってあるという素晴らしさ


マジでカッケエよ!

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このシャンデリアの広告がマジでカッケ〜〜〜〜〜〜!!!!!

こうやって見比べるとやはりラルクの90年代広告は洗練されすぎてるくらいの何かを感じます

そんなこんなで90年代を象徴するようなラルクの広告はめちゃくちゃ最高!

ということでした

2000年代もくっそ面白いことやってますがそんなに詳しくないので自分で調べてね♥

クソ病院に気をつけろ!田舎ネットワークに失明寸前のオカンを救ってもらった件!!!

父親が去年なくなり、母親が実家で一人暮らししてるので生活だとかを見直さなければなあと思っていたんですが

ついに母親が入院することになり実家へ急遽帰りました

 

病名は肉離れ

 

肉離れで入院ってwwwwwwwwって思ってたんですが
肉離れってヤバいんですね
ナメてました

 

母は75歳くらいで高齢
なのであんまり重いものなんて持たないんですが
高齢だけど元気という事でイベントでの応援団の団長的なのに任命されました
そこでテンション上がって張り切ってでっかい旗(10kgくらい)を振り回したそうです

その日は疲れ切っただけで、何もなかったそう
問題は翌日から
「なんか腰に違和感がある」と腰をグリグリ回していたらだんだん痛みに変化
近所のおばちゃん軍団に連絡して緊急招集、そうこうしているうちにもう動けない!
おまけに座った方がいいと庇いながら腰を下ろしたところで座椅子に激突
そこから激痛の始まり

母は高齢ですが立ち仕事(自営)をしていて走り回っているタイプで歩けないなんてことが今までなかったので周りのおばちゃん軍団もびっくり
救急車を即呼ばれ、入院となったわけです

運ばれたのが地元でもクソと名高い病院で…


治療という治療もしてくれず、痛み止めをくれと言っても処方されず
私が駆けつけるまで丸1日、ただベットに寝たまま…

夜中も痛みで寝れずに着いた時にはもう抜け殻状態でした
レントゲンは初日に、精密検査も終わって6時間以上経っていて何がなんだか…

とりあえず体温測りに来た看護婦さんに文句を言ってみました

「なんでもいいから状況を知りたいので、検査結果教えてほしい」
「とにかく本人痛がっているので、何か痛み止めをもらえないか確認してほしい」

これだけ伝えたらその場でパパっとPC開いて
「あ〜痛み止め出てますね〜、持ってきますね〜」

 

なんやねんクソ病院!!!!!!!

 

これには絶句でしたね
オカンは白目むくくらい痛がってたのに…
ナースコール押したのか?と確認したところ
「夜と昼に2回くらい、痛み止め下さいませんか?と聞いた」らしい
高齢だからってナメられてるのか…はたまた痛み止めを処方してはいけなかったのか

どちらにせよ私みたいなBBAが言わなければほっとかれてたんでしょう
恐ろしいクソ病院です
入院した意味も無いじゃないか…家でロキソニン飲んで寝てた方が全然よかった…

 

そんなこんなで一日つきっきりだったのですが、私も用事があるので
姉に任せて一旦引き上げて帰ることにしました

 

マジでこの病院がヤバいのはここから始まった

 

家に帰り、用事を済ませて落ち着いたころ
肉離れだってよ〜とネタにするくらいの軽い感覚で話をしてましたら知らない番号から着信が
どうやら母の仕事仲間のよう…

「お母さんが手術して病院移転したって聞いてる?●●市の赤十字病院だって?」

全然聞いてません、実家から帰って20時間くらいしか経ってませんしもう訳がわからない!
赤十字病院って言ったら結構重症患者しか入院できないんじゃないっけ?

痛み止めを処方されていなかったのはもしかして大きな病気が潜んでいたからだったのか?
と、いろいろ考えたのですが想像しただけ無駄ですので片っ端から家族に連絡して事情を聞く!

すごい!家族の誰も手術したことさえ知らない!!!

恐ろしいですね
とにかく長期入院を視野に入れて帰りの用意をしていたところ
近所のおばちゃん軍団から連絡が入りました
家族以上に世話を焼いてくれていて涙が出ましたね

私が帰り、一晩明けた朝、激しい頭痛に襲われ方目が見えなくなった
そしてすぐに精密検査をし、急性の緑内障で眼圧が上がったためと判明
ここからがすごい!


近所のおばちゃん「病院がなんか焦ってどこかに電話したりしてて不安だから車に乗せて隣の市の安心できる病院まで連れてって手術させちゃった!」

 

つよいよおばちゃん!!!
だが、これが母の目を本当に救ってくれたんです

 

詳しくはわからないんですが、急性の緑内障で処置が遅れるとそのまま失明がほとんどだそうで
このことを近所のおばちゃんは知っていたんですね
知り合いがなったことがあったそうで、ピンときたと

クソ病院側は検査したにもかかわらず、他の病名を下していて
昨日した検査をもう一度そのままやり直そうとしていて、しびれを切らしたおばちゃんがブチ切れ
車で40分もかかる赤十字病院に単独突入
眼科にすぐにかからせてもらい、即手術
医者にめちゃくちゃ褒められるという快挙を達成

私も担当医に会った際に時間がかかっていたら本当に失明だったと説明され戦慄しました

たかが町のクソ病院と日赤を比べるのはかわいそうかとも思いますが、さすがにクソ病院は二度と行きたくないなと思いましたね(でもみんな近所だからって通っちゃうのが本当にこわいところ)

 

そんなこんなで肉離れから始まり失明まで危惧された母ですが無事退院
自営の店を完治するまで私が回さなければと実家に4日滞在したのですが
なんと近所のおばちゃん軍団はお店の客として毎日現れ、結局店を切り盛りして私のやることなんて一つもなかったです

田舎のネットワークの強さ、おばちゃん、いえ、女性の強さや決断力なんかを思い知らされて帰って来ました

ついでに近所のスーパー銭湯まで連れてってもらって面白かった…

田舎つよい!!!!

MDをデジタル化したくて大奮発したHi-MDウォークマン MZ-RH1!実際に使ったメリットデメリット編

前回奮発して購入したこいつを実際に使った

 

合計4万円をはたいて買ったこいつを実際に使うまでにも紆余曲折あったので

 

とうとうMDが到着してテンションがあがる

これでようやくMDをデジタル化できます
早速愛用のMacちゃん(iMac Retina 5Kモデルっす)に接続!
以前使っていたHi-MDは確かSonicStageで接続してたなぁとソフトをSONYのページより探す

あ!これやらかしたわ!

さすがにソフトウェアの環境は様変わりしてました

SonicStageというAppleでいうiTunes的なソフトは消え失せ
代わりにX-アプリというものに成り代わっていました(正確にはSonicStageの後継)

SonicStage V | サポート・お問い合わせ | ソニー

なぜやらかしたというとMacなんです
OSは5Kを買った以上El Capitan

X-アプリが動くのはsnow leopardまで!

つまり対応してない!!!

もうMacのOSを上げてたどる道を全て通っているかのような感覚
(普通のMac使いはそんなこと無いかもしれません)

知ってたし…よくありすぎるし…どうせ情弱だし…

 

で、思い出しました
下取りに出しても2000円くらいにしかならないと言われた古いMac(OS Marveriks)をまだ保管してることを

そしてリカバリディスクとしてsnow leopardのインストールディスクも持ってました

ダウングレードすれば使える気がする!

まあ、詳しい方はお気づきかと思うんですが、これ無理なんですよ
Appleの信者ですがこういう時本当に泣きそうになります

約3日かけてインストール→なんか失敗→インストール×20回くらいを繰り返し
光学ドライブが壊れてるんじゃないかとUSBにインストーラー入れたりなんだりして
疲れ果てた時にググったら

ダウングレードなんてできないからあきらメロンってさらって書いてありました

どうせ無知ですわ、無知って罪っすね、ハイ

 

こうなったらWindowsに頼るしか無い訳です
Mac使いの恥とは思いませんが、もうなんかちょっと負けた気分ですね

10年近くMacのみ使って生きてるのでWindowsを入れるって言ってもよーわかんない!BBA直前だったし!

なによりマジで失敗したくないし!まずはX-アプリをちゃんと調べる

なるほど、どうやら

X-アプリWindows7から対応してるけどなんかコード的なのを書き換えないと使えないこととかあるっぽい

そしてWindows7ならどんな情弱だろうが入れれば使える

 

windows7のサポートもちょうど数ヶ月前に終了したころでした
これは絶好のタイミングなのかもしれない

オッケー!全然わかんないけどBoot CampっつーのでMacWindowsを入れられるのは知っている!!!
そしてWindows8〜のダメさはよーく知っている

つまりWindows7を買えと

とりあえずamazonで検索


正規品はこれ

ここからプラス2万とかなんかもうすっげー悲しいのでお安いのを探しました
シリアルだけとか中古とか結構あるものです
どんなとこから買ったのか忘れましたが7800円くらいで発見
一応ちゃんと正規品だと思う…見分けつかないし…

普通にシリアルは通ったので大丈夫だろう…現在も使えてるし

 

そんなこんなでMacWin7を入れて、ソフトも入れる!
snow leopardと3日も戦ったのにものの1時間くらいでさっくり終了

情弱ってつらい

 

X-アプリもさっくさく動く!
うわーい伊達にメモリ32GB積んでねえぜ!!!
Mac様なめんな!!!!

 

準備完了!実際に1枚取り込んでみました

ウワサ&過去の体感では1枚10分くらいだったんで結構安心してました
何分入っていようがデータ量の最大は変わり無いし!15分で1枚完全なものにできる!みたいな気分でした

実際に1枚1本読み込んだところ早い早い!!!!!

もうね、普通に再生して録音してっていうのは本当に無理です
なんとかしようと思っているならあきらメロンです本当

大体300分くらいのラジオが録音されているMDまるっと1枚15分で取りこめるんですから小躍りしましたね

ガンガン取り込んでHDDにキレーにWAVデータが日付順に並んだ時はちょっと高揚感がヤバくて一人で笑いましたね

1日ざーっと取り込み作業したあたりで多分30枚近くが終了
これは早いと歓喜してたんですが、やっぱりどうやっても問題が起こる訳で

X-アプリがエラーを吐きました

PCのHDの残り容量は現実には500GBはあるのに容量不足
アプリケーション終了させて再起動したら普通に問題なく取り込めました

オイオイ、これはめんどくさいよ、困るけど取りこめるなら許してやろう
何より対策わからないし

と思っていたんですが、ついに決定的な困った出来事が

取り込みに1時間くらいかかるMDにブチ当たる

どうやっても何回やっても取り込みが1時間経っても終わらないというものが50枚に1枚ほど発生

取り込めない内容はマチマチですが、大体が特定のトラックだったり
2〜3トラック続けてだったり、MDの最後の方に入っている、つまりディスクの外側の方だったり

10年以上ほこりにまみれていたディスクなのでしょうがないものもありましたが
何回かトライすると取り込めなかったり取り込めたりということが何度か

これはまだディスク側の問題かなと思うので諦めがつくのですが

X-アプリがWAVに変換できない曲もある

アプリケーション側の問題と思われます
相当安定して動いてくれるのですが、こちらも30枚取り込んだら1トラックだけ変換できない、くらいの頻度で発生

ただし再生は可能ですのでX-アプリ以外のソフトでの変換は可能!
ちょっと手間ですがなんとかなります

ちなみにX-アプリにて取り込まれる音源の拡張子は「oma」です
馴染みがない方が多いかと思われますがVCLMac、Winともに変換可能です

 

そんなこんなで実質取り込めないMDは物理的にぶっ壊れてるものくらいなんじゃないかなぁと思います
1000トラック読み込んで、どうやっても取り込みが無理だったのは2〜3曲程度でした

ただし30枚に1枚くらいは1時間取り込みが終わらないというのは避けられないと感じましたね
ただ要因は調べもしていないし調べてもわからない人がこれ書いていますので解決できる可能性は一応ありということで

まあ、全編録音しながら流すなんてことするよりぜんっぜん早い!!!!!
全然許容範囲だ!!!MD最高!!!!!

そんな感じでざーっと取り込んでたんですが…

 

MDの恐ろしい壁にブチ当たりました

これは人によるので、私がアホだったという笑い話になればいいですが
一応注意ということで

 

当時ラジオは聞きながら同時にMDで録音しつつ、コンポのボタンでトラックマーク(チャプターみたいなもん)をつけてたんです
当時は中学生でお小遣いでMDを買って、なるべく多くの情報を詰め込むためにこまかーーーーーーーく曲を分割
編集して〜CMカットして〜2時間の番組をなるべく短くして〜とビンボーらしく頑張っていました

 

そもそも聞きながら切っているので先読みしてボタン押してるんですよ
CM入りそう!ハイ!曲がかかりそう!ハイ!ってかんじで

結局聞き直さずに編集するようなこともなく2時間の番組が100曲に分かれて1枚のMDに収録されてるなんてものが超大量に眠ってました(これが後々悲劇を呼ぶ)

 

この方式で録音したMDが約20枚くらいありました
20枚で本当に良かったと今なら思えます

 

実際にラジオの音源を管理するとなったら1本にするのが当たり前かと思います
誰も1分おきに次のファイル開いて〜なんてのは望んでいない!

 

当然編集が発生する訳です

やり方は3つあります
MD側で曲やトラックマークを編集し、1本化して取り込む
X-アプリ側に取り込んだ後に編集して1本化
取り込んだ後に別ソフトにて編集

手間を考えたらPCで作業したいので①はナシ!
③も一度書き出したりするような時間はもったいないのでナシ!
X-アプリ側に取り込んだ後に編集して1本化
これしかない!となったのです

 

が、コレ、罠です

 

音源の長さによりますが10分超えの曲を2曲結合させようとしたりなんかしたらエライことになります

実際に100分が90トラックほどに分割されたものを一気に1曲にしようとしたところ…

結合するだけなのに40分くらいかかる!!!!!

 

これには絶望しましたね
イヤ、分けたのが悪いんですけどね
バカみたいに調子乗って

基本音楽を取り込むならばそんな問題は発生しません
そしてラジオだろうが後で編集しやすいようになんて無駄な気をつかってトラック分けるなんてことしなければこんなことにはなりません

ただ、結合はマジで時間がかかるから10分くらいのものまでにしておけよ!約束だぞ!

ってだけです

 

適当な編集でいいならMD側で聞きながらやる①か

CMカットとか、大量のトラックを結合するなら取り込んだ後に他ソフトでやる③のどちらかにしないとマジつらいよ、っていうか編集自体もつらいけどという感じです

 

それではよきMD取り込みライフを

 

SONY Hi-MD ウォークマン MZ-RH1 S

SONY Hi-MD ウォークマン MZ-RH1 S