ちっちきちっちっちっちっち

BBAの壁を超えた記念碑

空の近くの元ベンチ問題に真剣に取り組む

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この問題に何年悩んでいることかわかりません。

全然環境のこととかじゃないです。T.M.R-eの歌詞です。

 

どうせこんな記事を書くならリリースされた日2000年2月2日にちなんで2020年2月2日とかにやれば良かったがもう遅い。

ふと思い立ってしまったからしょうがない。

 

季節の変わり目を感じたりするたびに私はT.M.R-eのSuite Seasonのことを思い出します。

何度かここでも書いているようにどうやってもこのアルバムを嫌いになることなどできない恐ろしい30分間をつねに体験させてくれるアルバムだと考えています

 

なんだかふと今日「はじまる波」の間奏が脳内BGMで止まらなくなり、久しぶりに聞きました。

そこでタイトルにある問題についてふと思い出したので書いておきたいと思います。

 

先にちゃんと言っときたいのですが、曲の解釈なんて個人の妄想です。

絶対にこいつ適当なこと言ってると思っていただきたいです。

というか思ってもらわないと恥ずかしくて死にそう

あと、どうやら私は歌詞から何か読み取るということが尽くヘタクソらしい。

というかなんだか浅倉大介作品てどうしてだか基準にしすぎてなんでもすんなりとそういうものと聞いてしまう(特に井上秋緒詞)のでこうやって今更考えてみたりなんかしちゃう!

言い訳がましいですが、先に書いておきたい、
妄想です。変態です!!!!!!!!

 

 

はじまる波についてだけ書きそうなさわりですが、全然そんなことありません。

Suite Seasonが大好きなのでダラダラ書きます。

 

 

 

 

まず、

登場人物について。

どっかで人だと断言されていた気がするのですが、君と僕しか登場人物を指すワードは出てこない

ただ、思うのはどうやってもキーとなっているのは水であり、僕ラハ、同ジ、水デ、デキテル。とあるように人でもすれ違った動物でも意味は全く通じてしまうと思うんですよ

ちょっとバカげてるかもしれないとは思うけれど恋や愛とは違うものにビビッときてしまっているあたり本当になんでも、そうやって何かにしょうがなく惹かれる感情の曲たちな訳ですから本当にこれはなんだっていいんだと思っています

そんな当たり前に-eを考えたくないという願望もありつつ

ただ、イヤフォン分けあったりしてるわけで確実に人だな、と

まあ考えることもなくという感じなんですけど考えられる可能性は全部考えたいので

 

 

僕と君が人間であるとして、さらなる問題があります

生きてるか死んでいるのか

ありがちです、考察だとか読んでたらよくあることです、死後の世界だ〜っての

「時が癒していく、誰もが口にして悲しいよ」と歌詞にある様に、
僕はなにか大切な何かを失ったとわかる訳です

は〜ん、これ僕も君も死んでるな、となることもありえる。ありえる。ありえる!

ただですね、これもちょっと願望入ってますが、正直浅倉大介井上秋緒が過去を思い起こし悲しいとかそこに閉じ込められるような曲を書くとあまり思えないというか

なによりこれは永遠に繰り返す季節の様な物語だとわかり切っている訳です

大好きな!ループものってやつです!閉じ込めてる系だけどちょっとニュアンスが違うというか

 

まあ、失ったのは君なんでしょうがこれはただの恋愛だとかよりもっとふかーい何かを見つけあった二人だったはず、やはりそんなレベルでみていないなぁと

特定の誰かと繰り返している色恋沙汰なんてもんじゃないってレベルなんだろうなってどこかひしひしと感じるからゾワっときますね

ただのループってより循環的な、やはり季節ってものでしかない

というか永遠なんてワード出てくるんだからやはりそれくらいヤバイものだと

書いてても感覚的すぎてよく分からない

 

 

そこでちょっと考えたいのが時系列です

なにせ水というワードがあるように、このアルバム自体が時系列で川の流れの様に一方通行で進んでるものだと思います

というかリアルタイムでそうやって作ってたんだからそうなんですけど

 

あのときを歌う、よりはその時その時をひしひしと歌ってるなと、というか今というよりは陽炎で浴びた眩しすぎた金色とかを、僕が感じた一瞬一瞬を歌っている様な

というか月虹なんて振り向いて消える笑顔が戸惑うほど儚く夜に零れる直前から零れた直後までの一瞬なわけです

ロングバージョンでさえそんな一瞬

ショートバージョンなんてコンマ何秒以下だ?ってもの

 

作っていた当時の制作の様子の話では、結末は分からず始めていて月虹をレコーディングした際にこの2人の結末が自然と決まったと言っていた(確か)

本当に後付けかもしれないですけどやっぱり聞いてる側としても別れを最後に書くのだろうというのは自然に見えていたもので、ただ永遠にめぐる季節とまで考えいたっていなかったとは思っています

でも通して聞けばすぐわかるしジャケットのメリーゴーランドが示すようにぐるぐると回り続けるもの

そうやって確実に循環するもの、このアルバムは!

 

陽炎で真夏の昼間(サビ)で目をやられる位な眩しさに当てられて失うのはもういやだ、だ!け!ど!と(Aメロとか)夜の部屋で怯えながらふと昼の眩しさを思い出し惹きつけられてると実感したり心をひらいてみたりして

その後に作られたはじまる波ですが、何か大切なものをなくした僕と、めっちゃ眩しい君に出逢ってしまって全てが透き通るような運命に流される様な波(間奏だと思う)を感じてる

シングル3曲が出来た後に陽炎と月虹の間のことを書いたとしっかりどっかで言ってたと思うんですが、ソースは探しもしていません
というか陽炎の裏側のタイミングみたいな、深堀ったみたいな

どっかでタイミングのこと語ってたんだよなぁ、、探そう

陽炎で目潰しレベルの閃光を見て、夜になり、あの太陽はなんだったんだと月を見るみたいなときをじっくりとはじまる波にて書いたんじゃないかなあと勝手に思っています

ポエムってますが確実にこの時間の流れ、物語は巻き戻ったり時系列が飛んだりなどしていないと思います

 

 

そして続く月虹です

水を表すワードとしてMVも相当ですけど水のないプールっていうのが出てきます

これにちょっと直結するのではないか、いやちがう?と疑ってるワードがあります

陽炎に出てくる「梯子を降ろしてく君にまっすぐ届く様に」という部分です

さすがにわかる訳です、水のないプールにある梯子なんだなってここで

 

ただとても考えたいのはこの2人の位置関係です

 

とあるインタビューで西川が「月虹では静かの海の中で〜」みたいな感じでもう海に流された後だと語っていました(適当でごめんなさい)

いつ流されたのかと言ったら空だったプールに水が満たされた時であり、おそらく陽炎〜はじまる波、というかはじまる波で流されたわけです

おそらくですけど僕は水のないプールに立っていて、君的な存在の波に流されて、静かの海に流されてるわけです

 

でも陽炎で梯子は降ろしてる?ん?逆????

ってなりません?なりますね!なってくれ!

(でも波が感情でありプールが心なら実は関係ないのかもしれない、正直もうわけわかんない)

 

月虹にもうひとつ位置関係を表すワードがあるんですが、

薄い翼で星屑にまで近づける 僕らの爪先を地上に戻して

とあるわけです

空に近いてるのに爪先地上に戻ってるなら矛盾してるなと思うんですけど、
月虹のジャケットもMVも大変これを示唆してるんじゃないかなって思います

まず月虹のMVで乱発している水面に映る光景とか、もう当時金かかりまくったであろうCG使ってピアノの蓋までゆらめいてるわけです

そして画面全体も波に流される流される

階段だって月に遠近法駆使して続いちゃいますよ、水面にもしっかり写ってます

そしてジャケット、これ、なんとかって板に2人を写して撮った反転した写真な訳です

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つまり水に写った世界を水面に色々書いている

 

月だって太陽の光反射してる水面みたいなもんです

全部上下の位置が反射してる

どこかのセーラームーン並に僕は(多分静かの海に流され水中から)空の上にいる君をみてる、そして我々がみているのは水に写った2人

わたしが納得いく答えはこれになった様子です
(ところどころどうなのってあるけど脳がついていってない)

 

 

 

 

はい、ここでようやく空の近くの元ベンチ問題です

 

まあ、ここまでいけしゃあしゃあとよくわかんないこと言われてもって感じかもしれませんけど、妄想だしあきらめてほしい

 

まあ、はじまる波で水に流されまくってますし月虹で水に写ってるんだろうなとか言い出してるんでとにかくなんですが

 

元ベンチとはなんなのか

 

ストレートに座るあのベンチだと考えています
ただ、元とつくからにはもう役目を終えた、座ることのできないベンチ

 

そこで君を見つけてるんだからとっても不思議です

朽ちてるのかなとか考えたんですけど、中学生の時に何にも考えずインスピレーションで聞いてた時に最初に歌詞を聞いて思い浮かんだシーンをちょっと思い出しました

最近だと透明度高すぎて水没した公園がそのまま水の中で存在してるような写真がネットにあったな〜と

「水没した公園」でググったらでてくるこれです

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で?どこが空の近くなの?

そりゃ我ら湖面をみてる訳ですよ常に

 

 

 

 

反射した空じゃん!?

 

 

 

 

つまりこんな感じ

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我ながらバカっぽいし伝わる気がしませんが
空が反射した水面の向こうに元ベンチなんじゃないか説ということです

絵まで書いといてアレだけど僕も入水してないと成り立たないですかね、すいません

そして別に湖畔とか水たまりの近くのベンチとかでも成立するという

しっくりはこないかなあ、、、永遠の謎があるからこそ楽しいのだけれど

水の中のベンチとまではいかなくても、いや、そこまであり得るんじゃないかな!!!???

 

まあ、プールがからっぽな僕の心なんだろう、そこに水が入り君を見つけるんだから
「心に落ちる碧く深く」が成立するんじゃねえかな

 

元ベンチの元が本当にベンチであり昔は使われていたものという意味であれば、以前失った大切ななにかもそこに昔腰掛けていたのだろうか

あの場所だけを信じたくなる、の、あの場所とはやはりこの空間じゃないのか

僕らが抱く透明な痛みの在処も実際ここなんじゃないのか

とか考えます

 

正直普通に小高い丘とかにあるんだろなとも思ってますが、夢あるやん???ということで。
(小高い丘=月虹のなのかな〜という感じ)

 

水っていろんな映画とかでもこう何かを分ける存在であったり世界の境界線だったりするし、こうやって月虹で一瞬混じり合った2人だったと思うのですが、同じく水ってこうやって反射するものだったりするし、その後のこの2人は風に乗り別々の道を歩んで行くしかないっていう

凍ってしまった水は反射するしかない氷になるのかな、なんて考えたりもします

セレナーデなんて扉の前で恋人を一晩中呼び続けるみたいなのが元々だったとか読んだ気がする

本当に来るものがある

 

月虹の一瞬のあとに待ち受けているのはまさに凍った世界
春になっても風に流されるしかないような運命みたいな
あ〜いいアルバムだなぁ、、、バカでもここまで考えてしまう、、、

なにかの引用とかあるんだろうか、馬鹿なんで見当もつかん

 

まぁ、水面に反射した世界をみてる説がどこまで成立するのかわかんないですけど
感覚だけで生きてる私にとってはこれらが精一杯の解釈でした

というかもっと色々あるんだろうと思うんですけど感受性豊かとかではないのでこれが限界です

 

公式で発売当時ストーリーを募集してたのを思い出したりしました

時代っすね、でも今更読みたいと思う日がくるなんて、いや読んでもこの絵のない映画のエンドロールに勝るものに出会えることはない気がする

まあ、いろんな人の解釈が聞きたいなと思う今日この頃でした

 

ついでにまだきてない夏は昨年の夏なのかなとちょっと思ったり思わなかったり

ついでに水に映る月という曲も忘れてはいない(クラウドナイン自体原点回帰だし)

読解力がないって切ない